“やってみよう!”と思ったんだよね。」
次から次へ、時代とともに変化していく宮田先生のお話。
その数々の転機には必ず
「おもしろい」という言葉が存在する。
宮田先生と秋元館長の対談授業
秋元雄史のまちなか対談シリーズ#10「ITクリエイター!2020年、僕らの未来の働き方って!?」
その90分は、まるでひとりの少年の
「冒険記」を聞いているかのような授業でした。
その次から次へとでてくるご自身の経験&体験談が
こんなに、軽快で。
こんなに、ワクワクして。
こんなに、ニヤニヤさせて。
「おもしろい」と思ったら
「とにかく本気」で突っ込んでいく。
その生き様は
興味のあるものに、正直に、生きる
「少年の冒険」そのもののような気がしたのです。
宮田人司さん。
[株式会社センド 代表、クリエイティブディレクター]
秋元館長が「なんか気になる存在」だと言う。
お会いして、お話を聞いて
まさに、その言葉のどおりのお方。「なんか気になる存在」
『××をしている人』と
ひと言では、到底、言い表すことができない。
とにかく、いろんなものに興味があって、
そして、そのそれぞれ分野で 「凄い業」を成している。このつぎも何を仕出かすか、目を離すことができない、
とっても気になる人。そう、まさに
「なんか気になる存在」
宮田少年(先生、スミマセン!)の冒険は
21歳、音楽業界からはじまります。「はじめは絵描きになりたかった。でも音楽も好きだった。
先にお金を稼げる方を仕事にしようと思った。」
そんな動機から始まった「音楽人生」。
少年の冒険は「下町兄弟」というバンドから始まりそして、「Macintosh」というコンピューターに出会います。
「Macintosh」を手にした少年は
音楽を表現することだけにとどまることを知らず「CG」も覚え、そして、インターネットの通信の世界へ。
“通信”に興味をもった少年は
やがてインターネットプロバイダを立ち上げようと考えました。でも全然やり方がわからなかった。
「よし、とりあえず、アメリカに行こう!」
アメリカに渡った宮田少年、
ありとあらゆる文献を読みあさり、インターネットについて勉強します。
勉強すればするほど
「自分でもできるんじゃないか。」という確信に近づいた、とか。そして日本に帰った後、インターネットプロバイダを立ち上げます。
ただ、少年が仕掛けたのは、
ただのインターネットプロバイダではなく大手プロバイダでは手が届かなかった
当時日本のインターネットに不足していた
「アクセスポイントの穴」をねらった、プロバイダだった。
26歳、アタル!!
そして次
少年は、インターネットの「コンテンツ配信」の世界へ。当時動画配信などの「コンテンツ配信」を手がけていた宮田少年。
98年、iモードが始まり、人々が携帯電話の数字ボタンのプッシュ音で
一生懸命メロディをつくっているのを見て
そのとき、また、考えた。
「これはダウンロードしたほうが早い!!!」
そして少年は、iTunesよりも早い、
「世界初の音楽配信サービス」となるiモードの着メロダウンロードサービスを手がけます。
!!!30歳、世界初で音楽のダウンロード配信を手掛ける!!!
さて次は、映像の世界へ。
当時、Steve Jobsがトイストーリーを手がけた「PIXAR」を見て「日本のアニメーションも負けてられない。」と
3DCGスタジオを立ち上げました。
“表現するテクノロジー”を試してみたかった。と。
CGスタジオは5〜6年つづけ、アニメーション作品賞など受賞。しかし「やっぱりPIXARには勝てないな。」と思い
つぎの世界へとうつります。
そうして時代は 「iPhone」の時代へ。
秋元館長からの「なんかしてみない?」のひと言からはじまり
金沢21世紀美術館で、当時まだ珍しかったテクノロジーを使った“アート作品”を発表。
iPhoneならではの機能である「加速度センサー」をつかったアプリ。
テクノロジーだけど、アナログな世界観をもつ作品その場所の思い出を他の人と共有する
先生はこれで初めて
母親に自分の仕事をわかってもらえた、とか(笑)
その頃から、eAT金沢関連などで
金沢に来ることも増えてついに昨年、金沢へ移住!!!!!
そうです!冒険好きの宮田少年が金沢に移り住んでしまったのです。
え?? 金沢 !?
そんな最先端の仕事、金沢でできるの??
誰もがそう思うはず。
でも先生は、こう考えます。
「パソコンとネットがあれば、どこでも仕事ができる。
金沢でも仕事できる、という確信に近いものがあったし東京から離れてみることによって、
クオリティがどう変化するか試してみたいと思った。」
それにはさすがに、秋元館長もビックリ。
「そうはいっても、仕事やりにくくないの?」
先生はこう答えます。
「いえいえ、逆にやりやすいですよ。
プライベートも充実するし、仕事には集中できるし、快適です。」驚愕。参りました(汗)!
先生のまわりには、facebook、Skype、iPhone・・・
あらゆる便利な道具がある。その道具を使えば、日本中どこでも会議ができる。どこでも仕事ができますよ!って。
ITクリエイター、宮田人司さん。
まだまだ時代の最先端で挑戦し続けています。
その冒険はまた新たな世界へとつづきます。
しかし、この冒険。
単に 「興味があったから」「面白かったから」できたわけではありません。
興味があれば、とにかく
「徹底してやり抜く」姿勢
そして
「時代を読む」感性
それが、いつまでも挑戦し続けられる、秘訣なのかもしれません。
先生が大切にしている言葉
Learn as if you will live forever
live as if you will die tomorrow
明日死ぬかのように生きろ、
永遠に生きるがごとく学べ。Mohandas Gandhi
宮田先生からの言葉だからこそ
その重みが伝わります。
さて、宮田先生、
次は金沢でこんなことを企んでるとか・・・
なんだかまたおもしろいことが始まりそうですね。
これからも、この冒険、見逃せませんよ!!!<つづく(笑)>
・・・そして授業後の風景・・・
先生×生徒さんが、ざっくばらんに話せるとってもステキな放課後時間でした!!!
なかなか授業だけでは、聞き出せない
深い質問や相談を先生に直接伺える貴重な機会
短い時間でしたが、いい時間でしたね!
また開催したいと思います。
宮田先生と秋元館長の対談授業、
とっても、おもしろかった!!!!!宮田先生、秋元館長、本当にありがとうございました!!
















